受験失敗

 

カタカタカタ。

キーボードを叩く。

 

検索エンジンに表示されるのは、「○○大学 偏差値」の文字。

 

ダン!! ダン!!

荒々しくエンターキーを押す。

 

 

 

 

「ちっ! どうしてあいつが俺よりも・・・・・」

 

思わずつぶやいた。

あいつ、柴田光とは、同じ部の同期で、親友だった。

 

 

 

 

「達也、俺、バスケットボール部に入りたいんだけど、一緒に来てくれないか。」

「えっ。なんでお前が?サッカー部じゃなくていいのか?」

 

3年前の今日。中学からの親友だった光に声をかけられ、俺たちは、そろってバスケ部に入部した。県内でも、1、2を争う強豪校だ。俺はここでバスケがしたくて、それこそ必死に勉強してこの高校に入学した。中学では、スタメンに入れなかったものの、なんとかベンチ入りすることができた。本気になれば、それこそ死ぬ気で努力をすれば、レギュラーになって、インターハイに行ける。そう信じていた。

 

一方、光は中学時代サッカー部だった。けど俺とは違っていて、光は最後までスタメンどころか、ベンチ入りすらできなかった。3年生最後の大会、メガホンを手に応援席で叫ぶ光の後ろ姿は、今でも目に焼きついている。

 

俺はそんな光のことを、心のどこかで見下していた。例え、スタメンにはなれなくても、光のような奴がいる。だから俺は大丈夫だ。そう考えていた。だから、光が俺と同じバスケ部に入りたい、そういったときには、ああ、こいつがいれば大丈夫、心のなかでそう思った。

 

 

 

 

「おら!! ぼーっとすんな! 走れ!」

 

上級生の怒号がとぶ。

 

憧れていた部活の練習は、自分が想像していたものよりも、ずっと、ずっと、つらいものだった。

 

「またお前か!! 経験者のくせにそんなパスにも反応できないのか!」

「もういい! ボールはしばらく触るな! コートの外でシャトルランでもしてろ!!」

 

また、怒号がとぶ。

 

「ちっ! 達也と同じチームかよ! これじゃ俺たち紅白戦勝てねーじゃん!」

 

強豪校だけあって、地区選抜クラスの上級者がごろごろいるようなチームだ。練習についていけない俺は、次第に同期からもバカにされるようになった。

 

「走れ!」

「だから、何度も何度も外すな!!」

 

今日も繰り返し繰り返し怒鳴られる。

 

一方、光は、

 

「もう一回お願いします!!」

「もう一度!!」

「パスください!!」

「達也。もう一回やろう。俺も一緒に走るから。」

 

どこまでも、ひたむきで、一生懸命だった。一人だけ初心者で、一番浮いているのに、それでも、弱音は絶対にあげない。

 

「光! もう一回いくぞ!」

「おーっ!光はすげーな。初心者なのに。」

「あいつ、まだ残って練習してるぜ。なんつーか。あいつ見てると熱くなってくるよな!」

 

俺とは対照的に、いつしか光は、チーム内でも一目おかれる存在になっていた。

 

 

 

 

「おい! まてよ達也! 俺、お前がいたから、中学でくさっていた俺に、お前だけが声をかけてくれたから、お前と一緒なら・・・・・。って思って、そう思って、バスケ始めようと思ったんだぞ!!」

 

退部届を出しに職員室へ向かう俺の肩を光がつかむ。俺はその手を振りほどき、

 

「うるせぇなぁ! バカじゃねーのか! 何のために猛勉強してこの高校に入ったと思ってんだよ! お前、バスケみたいな下らねーことばっかやって、受験失敗したら、それこそ負け組だからな!!」

 

このとき、光は、これまでに見たことのないような顔をしていた。

これが俺と光が交わした最後の言葉になった。

 

 

 

 

結局、光はスタメンにはなれなかったものの、主将としてインターハイに出場した。全校集会で、県大会の優勝旗を校長に手渡す光の姿を、俺は直視することができなかった。

 

 

 

 

3月、各大学の合格者の名前が職員室前の掲示板に張り出される。それは、左上から難易度順に並んでいた。柴田光の名前は、一番左上、国立医学部の欄にあった。一番右下にある俺の名前と最も遠い距離だ。

 

 

 

 

カタカタカタ。

 

ダン!! ダン!!

 

「ちっ!」

 

今、俺はネットカフェで、自分の大学より下の偏差値の大学を探す検索を繰り返し行っている。

 

カタカタカタ。 

 

ダン!! ダン!!

 

そうしないと自我を保てない自分がいた。 

 

カタカタカタ。

 

ダン!! ダン!!

仕事前の朝

 

ここ数日は全く眠れていない。

 

このまま、布団からでないでいたらどうなるだろう・・・。

 

いやな考えが頭の中をよぎる。

 

・・・・・・・。

 

「ふぅ」

 

深々とため息をつき、とりあえず数分だけと布団を深く被りなおした。

 

・・・・・・・。

 

だめだ。自己嫌悪で気が狂いそうになる。

 

 

 

 

5日前の昼下がり、私は営業車で交通事故を起こした。原因はサイドブレーキの引き忘れだ。弁解の余地もない。全て私が悪い。お得意先へ見積書を届けた後、駐車場に戻ると、車がなくなっていた。慌てて周囲をみまわすと、ゆるやかな坂道の先、民家の塀に激突している私の車の姿がみえた。

 

 

頭が真っ白になった。

 

 

 

 

幸い、ケガをしている人はいなかった。不幸中の幸いだった。

 

慌てて、ぶつけてしまった家の呼び鈴をならす。

 

ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン・・・・・・。

 

中で呼び鈴が鳴る音がするが、物音がしない。留守だった。

 

ピッ。ピッ。ピッ。

 

110番へ電話をかける。手は震えていた。

 

「はい。○○警察署です。事件ですかー。事故ですかー。」

 

「申し訳ありません・・・・・。交通事故を起こしてしまいました・・・・・。」

 

息を吞む警察官の気配がする。

 

「・・・・。どなたかけが人の方はいらっしゃいますか?」

 

「いえ、誰もいません・・・・・。私の不注意で大変なことをしてしまいました。」

 

「・・・・。では、現場の場所を教えてください」

 

 

 

 

その後の警察官の対応は、淡々としたものだった。私と被害者の方の両方がそろわないと報告書が作成できないこと、連絡先を玄関のわかりやすい位置に置いておくことを伝え、後日改めて警察に連絡を取るよう指示し、その場を立ち去る。

 

 

 

 

それから数分。現場に上司の車が到着した。

 

 

上司は、被害者の方の家と営業車の状況を確認すると、

 

 

「してしまったことに関してとやかくいうつもりはない。お前は会社に戻って報告書を書け。俺は、被害者の方が帰宅されるのを家の前で待っているから。」

 

 

穏やかな口調でそれだけ伝えた。涙がこぼれ落ちそうになった。

 

 

 

 

翌日、被害者の方の家に上司と一緒にお詫びに伺った。

 

ピンポーン。

 

上司が呼び鈴を鳴らす。ドクン。ドクン。飛び出しそうな自分の心臓の鼓動が聞こえた。

 

「「この度はご迷惑をおかけし、大変申し訳ございません。」」

 

深々と頭を下げる。

 

「あっ!いえいえ。こちらこそご丁寧にありがとうございます。」

 

本当に優しい方だった。

 

私はどうしたらよいかわからず、ただただ頭を下げることしかできなかった。

 

 

 

 

傷つけてしまった被害者の方、フォローしてくれた上司の顔が頭にうかぶ。

 

所属長は

 

「大丈夫。あとは任せろ。」

 

と声をかけてくれた。

 

「考えすぎるな。売り上げで返せ」

 

「大丈夫ー!?」

 

「俺も事故を起こしたことがある。繰り返さないことが大事だ。今回の件で安全管理の受容性が身に染みただろ?ならどうするべきか、お前にはわかるな?」

 

気づかって声をかけてくれた先輩や、同期、後輩の顔が頭に浮かぶ。

 

 

 

 

ばさっ。たたたっ。

 

私は布団をはぎ取り、洗面台へと小走りで向かった。

 

今でも車に乗るとき、手が震えることがある。

 

被害者の方の家の前を通るとき、胸が痛む。

 

こんな私が会社にいていいのか、考えてしまうときもある。

 

だけど、踏み出さなければ、変われない。

 

キュッキュッ。ジャー。パシャパシャ。

 

水が冷たい。

 

蛇口をひねって顔を洗うと、少しすっきりした。