仕事前の朝

 

ここ数日は全く眠れていない。

 

このまま、布団からでないでいたらどうなるだろう・・・。

 

いやな考えが頭の中をよぎる。

 

・・・・・・・。

 

「ふぅ」

 

深々とため息をつき、とりあえず数分だけと布団を深く被りなおした。

 

・・・・・・・。

 

だめだ。自己嫌悪で気が狂いそうになる。

 

 

 

 

5日前の昼下がり、私は営業車で交通事故を起こした。原因はサイドブレーキの引き忘れだ。弁解の余地もない。全て私が悪い。お得意先へ見積書を届けた後、駐車場に戻ると、車がなくなっていた。慌てて周囲をみまわすと、ゆるやかな坂道の先、民家の塀に激突している私の車の姿がみえた。

 

 

頭が真っ白になった。

 

 

 

 

幸い、ケガをしている人はいなかった。不幸中の幸いだった。

 

慌てて、ぶつけてしまった家の呼び鈴をならす。

 

ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン・・・・・・。

 

中で呼び鈴が鳴る音がするが、物音がしない。留守だった。

 

ピッ。ピッ。ピッ。

 

110番へ電話をかける。手は震えていた。

 

「はい。○○警察署です。事件ですかー。事故ですかー。」

 

「申し訳ありません・・・・・。交通事故を起こしてしまいました・・・・・。」

 

息を吞む警察官の気配がする。

 

「・・・・。どなたかけが人の方はいらっしゃいますか?」

 

「いえ、誰もいません・・・・・。私の不注意で大変なことをしてしまいました。」

 

「・・・・。では、現場の場所を教えてください」

 

 

 

 

その後の警察官の対応は、淡々としたものだった。私と被害者の方の両方がそろわないと報告書が作成できないこと、連絡先を玄関のわかりやすい位置に置いておくことを伝え、後日改めて警察に連絡を取るよう指示し、その場を立ち去る。

 

 

 

 

それから数分。現場に上司の車が到着した。

 

 

上司は、被害者の方の家と営業車の状況を確認すると、

 

 

「してしまったことに関してとやかくいうつもりはない。お前は会社に戻って報告書を書け。俺は、被害者の方が帰宅されるのを家の前で待っているから。」

 

 

穏やかな口調でそれだけ伝えた。涙がこぼれ落ちそうになった。

 

 

 

 

翌日、被害者の方の家に上司と一緒にお詫びに伺った。

 

ピンポーン。

 

上司が呼び鈴を鳴らす。ドクン。ドクン。飛び出しそうな自分の心臓の鼓動が聞こえた。

 

「「この度はご迷惑をおかけし、大変申し訳ございません。」」

 

深々と頭を下げる。

 

「あっ!いえいえ。こちらこそご丁寧にありがとうございます。」

 

本当に優しい方だった。

 

私はどうしたらよいかわからず、ただただ頭を下げることしかできなかった。

 

 

 

 

傷つけてしまった被害者の方、フォローしてくれた上司の顔が頭にうかぶ。

 

所属長は

 

「大丈夫。あとは任せろ。」

 

と声をかけてくれた。

 

「考えすぎるな。売り上げで返せ」

 

「大丈夫ー!?」

 

「俺も事故を起こしたことがある。繰り返さないことが大事だ。今回の件で安全管理の受容性が身に染みただろ?ならどうするべきか、お前にはわかるな?」

 

気づかって声をかけてくれた先輩や、同期、後輩の顔が頭に浮かぶ。

 

 

 

 

ばさっ。たたたっ。

 

私は布団をはぎ取り、洗面台へと小走りで向かった。

 

今でも車に乗るとき、手が震えることがある。

 

被害者の方の家の前を通るとき、胸が痛む。

 

こんな私が会社にいていいのか、考えてしまうときもある。

 

だけど、踏み出さなければ、変われない。

 

キュッキュッ。ジャー。パシャパシャ。

 

水が冷たい。

 

蛇口をひねって顔を洗うと、少しすっきりした。